大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)24454号 判決

原告 石井茂樹

右訴訟代理人弁護士 駒場豊

被告 株式会社成信

右代表者代表取締役 根本信男

右訴訟代理人弁護士 笠井収

右同 井出大作

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

別紙物件目録記載の建物について、原告が別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。

第二事案の概要

一  本件の概要

本件は、原告が、別紙物件目録記載の建物(本件建物という。)について、その所有者である被告に対し、別紙賃借権目録記載の賃借権(本件賃借権という。)の存在を主張し、その確認を求めた事案である。

二  前提事実

1  本件建物は、もと訴外株式会社日伸ビル(訴外日伸ビルという。)の所有であった(争いがない。)。

2  本件建物には、東京法務局新宿出張所平成元年七月三日受付第二五五九二号をもって、債権者を訴外株式会社日本長期信用銀行(訴外長期信用銀行という。)とし、同日設定を原因とする極度額五〇億円の根抵当権が設定されていた(乙二の一)。

3  訴外長期信用銀行の申立てにより、平成一〇年一月二七日、本件建物について不動産競売開始決定(当庁平成一〇年(ケ)第二三四号事件。本件競売申立事件という。)がなされ、平成一一年七月二八日、競売による売却により、被告が本件建物の所有権を取得した。そして、同年八月三日その旨の登記が経由された(乙二の一、乙四の一。なお、被告が本件建物の所有権を取得した事実は当事者間に争いがない。)。

4  被告は、原告主張にかかる本件賃借権の存在を争っている(当裁判所に顕著)。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

原告主張の本件賃借権の発生原因たる賃貸借契約の存否

2  原告の主張

(一) 原告は、平成元年四月一〇日、訴外日伸ビルから本件建物を左記の約定で借り受け、即日引き渡しを受けた。

賃貸借期間 平成元年四月一〇日から二〇年間

年間賃借料 三億五〇〇〇万円

保証金敷金 なし

特約 賃借権の譲渡転貸を認める。

(二) 本件賃借権は、訴外日伸ビルの先代社長が原告の協力により貸しビル業者として大きく成長していったことから、その協力に対する感謝の意味で設定されたものである。右賃貸借契約の経済的意味は、原告が賃借権を設定することにより、各テナントからの賃料収入と、建物所有者であった訴外日伸ビルへ支払われるべき賃料との差額を収入として得られることである。

実際の各テナントに対する転貸は賃貸人である訴外日伸ビルが代行し、差額が同社より原告に支払われる形態であった。

(三) 原告は、本件建物について、訴外日伸ビルと被告との間で任意の売買契約が締結されるものと判断して、本件競売手続においては、本件賃借権を届け出なかった。

(四) 本件賃貸借については賃料も現実に支払われていた。「判取帖」(甲五の一及び二)がその証拠である。

3  被告の主張

(一) 原告の主張する本件賃借権契約は、競売妨害及び執行妨害の一環としてなされたものである。

(二) 本件競売申立事件では本件建物についての現況調査がなされている。しかし、現況調査報告書において原告主張の本件賃借権は報告されておらず、執行裁判所も、本件賃借権など存在しないとの前提で競売手続を実施している。

(三) 右現況調査において、本件建物の賃借人として指摘されているものが数社存在するが、その賃借人らに本件建物を賃借したのは訴外日伸ビルであって原告ではない。原告が主張するごとく、原告が訴外日伸ビルから本件建物を含む一棟の建物(本件全体建物という。)を賃借し、かつ、これを第三者に転貸することができる状態にあったというのであれば、建物の賃貸人は原告でなければならない。

(四) しかも、原告は、被告が本件建物の所有権を競売により取得した平成一一年七月二八日の後である同年八月中旬、本件建物一〇階E号室が空室になっていたことを奇貨として、訴外日伸ビル代表者と共謀の上、これを不法占拠し、「オフィスシティ」のプレートを掲げた。その後、右プレートは「株式会社東伸ビルテクノサービス」に変えられるなどしている。

また、本件全体建物には、登記に表示されていない増築部分や屋上のプレハブ建物があったが、訴外日伸ビルは、競売に基づく所有権移転登記がなされる直前である平成一一年六月一日に、右登記に表示されていない部分を区分建物として登記し、これを訴外有限会社テクノハウスに売買して登記を経由している。これらの行為はいずれも執行妨害行為であり、本件訴訟もその一環として提訴されたものである。

第三当裁判所の判断

一  原告主張の本件賃借権の存在を一応うかがわせる証拠としては、本件賃借権の内容に符合する約定が記載された「覚書」(甲一)が存在し、原告や訴外日伸ビル代表者も、その上申書(甲三、甲四)において、訴外日伸ビルの基礎を築くのに貢献した原告に対する感謝の意味から本件賃借権の設定がなされた旨供述していること、そして、原告が本件建物をテナントに転貸し受け取るべき賃料と、訴外日伸ビルに支払うべき賃料との差額を受け取っていたことを証すると主張する「判取帖」(甲五の一及び二)が存在することが指摘できる。

二  そこで、まず、右各証拠について検討する。

1  本件賃借権の内容は、本件建物部分を含む地下一階、地上一〇階、塔屋一階、建築延面積七四九七・八九平方メートルといった大規模な一棟のビルを、貸しビル業を事業目的の一つとする訴外日伸ビルが(同社が貸しビル業を事業目的の一つとしていることは当事者間に争いがない。)、三億五〇〇〇万円という多額の年間賃料で原告に賃貸するというものである。

しかし、その賃貸借契約の存在を直接証するための「覚書」(甲一)は、手書による不十分なものにすぎない。これは、従前、訴外日伸ビルがテナントと貸室の賃貸借契約を締結するに際し、印字された詳細な賃貸借契約書を作成していたこと(乙五ないし二〇の二)に照らし、奇異かつ不自然である。

2  また、原告や訴外日伸ビル代表者は、前記のとおり、その上申書において、一致して、原告の訴外日伸ビルに対する貢献に謝意を証するために本件賃借権を設定したと供述するものの、原告が訴外日伸ビルに対し、企業経営の観点からいかなる経済的貢献をしたのかは、同人らの供述をもってしても何ら具体的な事実は明らかにならない。

本件全体建物には、所有権保存登記と同時に総額六〇億円を超える極度額の根抵当権が設定されている(乙二の一)。このことからしても、本件全体建物の建築資金は多額の借入れによって調達されたものと推認できる。右借入金の返済を計画的に実施するためには、本件全体建物の賃貸に際しては、賃料のみならず、保証金や敷金の設定にも配慮が必要なことは明らかである。しかるに、原告が訴外日伸ビルに対し納入すべき保証金及び敷金はないといった約定も、常識的には不可解であって、原告と訴外日伸ビル代表者らとの人的関係を考慮しても、その経済的な合理性を肯定し難い。

3  さらに、原告は、賃料の支払を証する証拠として「判取帖」(甲五の一及び二)があると主張するものの、右書面は、手書であり、その体裁からして同一機会に三年分の記載をまとめて作成したものにすぎないことがうかがわれる。しかも、前記「覚書」によれば、原告の所得となるべき転貸差益の支払は毎年六か月ごとに訴外日伸ビルから原告になされることが約定されているにもかかわらず、「判取帖」の記載は概ね二か月ごとであって、矛盾している。

そして、原告は、テナントからの転貸収入と訴外日伸ビルに対し支払うべき賃料との差額が原告の受け取るべき収入になると主張するものの、右の「判取帖」の記載に一応符合する甲第六号証の帳簿によっても、原告が、どのテナントから、いつ、いくらの賃料収入を得て、そのうち、いかなる金額の賃料が原告から訴外日伸ビルに支払われ、その結果、原告がいくらの差額収入を取得することになったのかといった、原告にとって最も重大な関心事であり、当然把握されているべきはずの事実経過ないし清算過程は一切明らかにならず、これを明らかにできる証拠の提出もない。

三  右の諸点を総合すると、原告提出の前記証拠関係によっては、原告主張の賃貸借契約が存在したことは、いまだ認め難いというべきであるが、さらに証拠(後掲)によれば、次の事実を指摘できる。

1  本件競売事件の過程で、執行裁判所執行官は、平成一〇年二月二六日と同年四月七日の二回、本件全体建物を含む土地などの現況調査を実施した。

本件全体建物の各階には賃借人がいたが、その賃貸人は、いずれも訴外日伸ビルであって、応対した同社担当者も、自ら同社が賃貸人となった賃貸借契約書を執行官に提示していた。右現況調査の際に、訴外日伸ビル担当者、ビルのテナントである賃借人及び原告のいずれもからも、原告が本件建物の賃借人であるとの申し出はなく、本件建物(又はその一部)を原告が占有しているという事実もなかった(乙四の三、乙五ないし二〇の二)。

2  被告は、本件競売事件において、平成一一年二月三日、本件建物の売却許可決定を受け(乙四の七)、同年七月二八日、競売によりその所有権を取得したが、遅くとも平成一一年一〇月一八日の時点で、本件建物には、現況調査時に占有者ではなかった者たちが新たに占有者として存在しており、右の者たちは、訴外日伸ビルと一定の関係を有するものと認められた(乙二一)。

3  また、訴外日伸ビルは、被告が競売により本件建物の所有権を取得するわずか二か月前である平成一一年六月一日受付をもって、本件全体建物の九階部分の一部(八九・二六平方メートル。乙二の二)と一一階部分(三〇・〇二平方メートル。乙二の三)について、区分建物として登記を行い、同月九日には右各部分を有限会社テクノハウスに売却した旨の登記を経由した(乙一の二、乙二の一ないし三)。

右の事実中、本件競売事件の現況調査の際に、訴外日伸ビル担当者、ビルのテナントである賃借人及び原告のいずれからも、原告が本件建物の賃借人であるとの申し出がなく、原告が賃借人であることを示す資料の提出がなかったことは、前記二で指摘した諸点も考え併せると、原告主張の本件賃借権の発生原因たる賃貸借契約が存在しなかったことを推認させる有力な証左というべきである。

原告は、本件建物について、訴外日伸ビルと被告との間で任意での売買交渉が進み、いずれ売買契約が締結されるものと判断して、本件競売手続においては、本件賃借権を届け出なかったと主張する。しかし、任意売却交渉の進展いかんにかかわらず、競売手続が進行しているというのであれば、買受人に対抗できる賃借権を有する者が現況調査の際にその権利の主張をするのは当然である。また、右主張を行うことによって、任意売却の交渉に影響が出るといった一般的な関係もない。そうすると、原告の右主張は、依然として得心できない。

そして、前記認定のとおり、被告が売却許可決定を得た上、競売により所有権を取得する前後にかけて、訴外日伸ビルが本件全体建物の一部について通常行うことのない変則的な区分建物登記を行い、あるいは、本件建物の一部に対する関係者の占有を許容しているといった事実のほか、原告が主張する同人と訴外日伸ビル代表者との関係を考慮すれば、原告主張の本件賃借権の発生原因たる賃貸借契約は架空のものであると推認せざるを得ない。

四  結論

以上の認定及び判断の結果によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中山孝雄)

物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 新宿区新宿2丁目78番地1・78番地10・78番地11・78番地21・78番地23・78番地25・78番地28・78番地29・78番地30

建物の番号 日伸本社ビル

構造 鉄骨鉄筋コンクリート・軽量鉄骨造陸屋根地下1階付11階建

床面積 1階   675.12平方メートル

2階   703.42平方メートル

3階   726.54平方メートル

4階   724.39平方メートル

5階   720.21平方メートル

6階   720.21平方メートル

7階   720.21平方メートル

8階   720.21平方メートル

9階   720.21平方メートル

10階  550.99平方メートル

11階   31.16平方メートル

地下1階 643.15平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 新宿2丁目78番1の1

種類 事務所店舗駐車場

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階付10階建

床面積 1階   503.53平方メートル

2階   549.41平方メートル

3階   573.01平方メートル

4階   570.01平方メートル

5階   566.69平方メートル

6階   566.69平方メートル

7階   566.69平方メートル

8階   566.69平方メートル

9階   476.22平方メートル

10階  415.96平方メートル

地下1階 532.75平方メートル

賃借権目録

一、 賃貸借期間 平成元年四月一〇日より

向こう二〇年間

二、 年間賃借料 金参億五千万円

三、 保証金敷金 なし

四、 特約 賃借権の譲渡転貸を認める

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!